2017年2月 熊本旅覚え書き

熊本とわたし

熊本は大学3年生のとき、学科の研修で熊本城に行ったきりである。熊本城を去るときにすぐ近くに百貨店やショッピングビルがあって、そのギャップに驚いたことを覚えている。当時はお城の地下通路が工事中だったような気がする。工事が終わったら見に行きたい、と思っていたら4月の地震である。今回見た熊本城は城壁が防音シートでものものしく覆われ、屋根瓦はもろもろとはがれていた。報道で目にしたそれも酷くショッキングだったが、実物を見ると言葉にならない。街の真ん中に堂々とそびえ立って移ろいを見守っていたランドマークが崩れてしまった。地元の方の心情は想像するに余りある。だけど、必ず修復される。今日よりも明日、今年よりも来年。かならず良くなる。そうしたらあのかっこいい石垣をもう一度見に行こう。

新幹線つばめ

博多駅を出たのは夕刻。初めて新幹線「つばめ」に乗った。座席も広くて、デッキには絵も飾ってあってなんだか素敵だ。ちょうど西日が差し込んできてまぶしかったのでブラインドを下げると、なんどこれがカーテンではなくすだれだった。容赦なく西日は射してきた。

熊本市現代美術館

すっかり日が落ちた頃に熊本市現代美術館に着いた。外観をまったく調べずに来たので、最初は迷った。ショッピングビルの立ち並ぶ間にあっておよそミュージアム然としない。ギャラリーのような雰囲気、かと思いきや正面玄関まで来てみると「市民センター」のような雰囲気を醸し出している。
いわゆるホワイトキューブのような威圧感はなく、深い木目調の、昔の学校のような静かで落ち着いた空間である。ちょうど今日までだった企画展は撤収が始まっていて、他のテーマ展を見た。高嶺格の「God Bless in America」というビデオ作品がとても気に入って、ループが終わってもしばらくぼおっと眺めていた。延々と破壊と再生が繰り返される中央のオブジェは、夏に見たブルース・ビックフォードのアニメーションを思い起こさせた。はっきり好き嫌い分かれる描写に間違いはないのだが、私はとても好きだった。と、いうか慣れてしまったのだろうかと思う。動き続けている、変化し続けている、その止まらなくハイな描写に釘付けになってしまっていた。また、ライブラリーが充実していて、普段あまりお目にかかることのない海外のアートフェアやアート事情に関する本があるのは嬉しかった。ロシア語なんて、韓国語なんて読めないのに、パラパラとめくるだけで楽しかった。1日中居ても足りないくらい。美術、工芸、デザインや食文化、教育まで多彩なジャンルの本が無料で心ゆくまで読めるなんて、熊本の人はうらやましいな。そういえば、日曜日の夕刻にも関わらず市民の人が結構たくさんいて、どうやらボランティアの方のピアノコンサートを楽しみに来ていたらしい。(生憎中止のアナウンスがあったが)キッズコーナーもあって、木のおもちゃや絵本、広々と遊べるスペースが整備されていて、遊んでいる親子連れもいた。市民センターの一角にギャラリーが備え付けられているような、なんとも開放的なつくりだなあと改めて感じた。

熊本の夜

大学時代の友人が「馬刺しと焼酎があれば最高」と言った私のオーダーに応えてくれて、現代美術館からほど近いお店に連れて行ってくれた。数年ぶりの再会に話が弾んで、遠慮して一切れ残していた馬刺しが少しかぴかぴになってしまった。ごめんなさい。からしれんこんを人生で初めて食べたのだけれど、おいしさに驚いた。まあ驚いた。熊本のスーパーでからしれんこんは、かまぼこやちくわのコーナーに並んでいるらしく、さつまあげ・からしれんこんと焼酎というのがナイスな組み合わせらしい。ああ、想像しただけでも美味しい。たまらない!そして、からしれんこんの作り方があまりに豪快なことを語ってくれた。適当な長さに切ったれんこんの穴に、素手で(!)とにかくからしを詰め込みまくるらしい。とにかく詰める、詰める。幼い頃は、手がどれだけひりひりすることかと、とても心配だったらしい。熊本市民の彼女が語るに、熊本は何かと大雑把で豪快、ということらしかった。からしれんこんがその代表。
それから、地下にある昔からあるような喫茶店にも案内してくれた。若い人が多くて、なんだかいいなと思った。お茶を一杯、のつもりだったのだが案外時間をくってしまい、なんとお互い終電を逃してしまった。

水前寺公園

ホテルの朝食を食べ、さて今日は何をしようと考えた。熊本駅を出る新幹線は14:30。それまでに、昨夜友人に教えてもらったふたつのミッションをクリアしないといけない。「タイピーエン」を食べ「橙書店」に行く。ところが橙書店は11:30からの営業で、かなり時間がある。こういうときはたいていその街の図書館を見に行って時間をつぶしたりするのだけど、あいにく市立図書館は休館。調べてみると、県立図書館と文学館が水前寺公園の近くにあるらしかったので、向かってみることにした。そういえば以前に水前寺公園を誰かにすすめられた気がしていたし、ちょうどいいこの機会にと、バスに飛び乗った。
バス停から案内に沿って3分ほど歩くと、水前寺公園の入り口がある。小さなお土産屋さん通りを抜けようとしたそのとき、着物屋さんの中に街中で3秒に1回は視界に入ってきた彼がいる。くまモンだ。くまモンの本物だ。おそらくテレビの取材と思われるくまモンを、私は目撃した。朝10:30、誰もいないおみやげ屋さん通りで、ひとり、くまモンを見かけた優越感に浸る。水前寺公園の受付門をくぐると、これまで街中にいたとは思えない、広大で、澄み渡った風景が目の前にひろがった。ここからの1時間はほんとうに、ほんとうに、いま思えば、これまで降り積もったどうでもいいことしんどいことを一気に押し流してしまったような、そんなやすらぎと清々しさをからだいっぱいに受けていた。梅も美しかった。池にたくさんいた合鴨も本当にかわいらしかったし、私は鴨があんなに飛ぶなんて、知らなかった。お散歩中の赤ちゃんとお母さんがいて、ああ、この子にとっては、小さい頃からこの風景が当たり前になるのだな、とうらやましくなった。贅沢だなあ。と、ちょうど池の周りを一周したところで「くまモンだ!」叫び声を耳にする。先ほどまで着物屋さんの中にいたくまモンが、公園の中にやってきたのだ。あっという間に観光客に取り囲まれ、写真を撮ろうにも自撮りでフレームインしようとする人々に阻まれて、うまく撮れなかった。少し残念。そして、いきなり団子を食べなかったのは、やはりもっと残念であった。