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「プロジェクトFUKUSHIMA!」~福島に行きたい。

ライフ&イートクラブさん主催の上映会にお邪魔してきました。
映画の内容もさることながら、多くの人と震災の話、映像の話…いろんなお話ができてとても貴重な経験になりました。
みなさま、ほんとうにお世話になりました。

そういうわけで、上映会から帰ってきたときに急いでツイートしたものを載っけてみます。勢いだけなので、とても読みづらいと思います。



@usaaaakoうさこ 11/24
まず映画の感想。藤井光さんの「プロジェクトFUKUSHIMA!」というドキュメンタリー映画を見てきました。 pj-fukushima.jp/jp/


何かを伝えたい、そういうふうな制作者の意図はまったく感じませんでした。一歩ひいた目線で作られたドキュメンタリー。淡々と映像が流れ、たまーに音楽がつく。それでも90分間食い入るようにスクリーンを見つめたのは、そこで行われることそのものがものすごいエネルギーを持っていたから。



ものすごいエネルギーの源はやっぱり、震災であり原発事故であり。そういうことを実際問題として引き受けながら生きている人たちをこういう形で見て、とてつもない距離を感じた。ほんとにここが日本なのか、同じ日本人なのか?



この感情は震災以来ずっと抱いていて、同じ日本に生きていながら呑気に生きている自分に対しての罪悪感という形で現れていた。だけど、この映画を見て感じた「日本なのか?」は少し違う。先の感情はおそらく「被災してかわいそう」という心理がはたらいていたと思う。今回はそうじゃない。



原発を作ったのが悪いとか、管理がどうこうとかいう議論はさておき、事故は起きてしまったのだ。その現実を生きている人がいて、それはもう必死で、必死に。そうして福島に生きる人たちは、十字架を背負い、ある種の連帯感を持っている。ちがう、確実に、この人たちはわたしと、違う世界に生きている。



差別とかそういうことではありません。ただ、そういうかたちで距離を感じてしまったということです。そこで、わたしは思ったのです。福島に行ってみたい、と。そこに生きる人たちがいったいどういう生活をしているのか、どんな思いでおられるのか。



見て聞いて体験して、深く刻みこまなければならない。切実にそう感じました。なぜ、という論理では説明できないけれど、これはきちんと見なければならないことだろうと強く思ったのです。


当たり前だけど、福島にはまだたくさんの人が暮らしていている。そのことすら、私たちは忘れそうになる。悲劇の地のように思えるかもしれないけど、そこには誰がいて、自分と同じようにごはんを食べてる。


いまもテレビでは福島やさまざまな被災地のことを伝えているけれど、それらのドキュメンタリーより数百倍わたしの心に刺さってきた、そんな映画でした。