学校文化における信頼と管理

あさイチで子どものかばんが重い、という特集をしていました。

9時台の企画 中学生のカバンも重すぎる!|NHKあさイチ

学習指導要領の改定で教科書が厚くなったこと、ワークやプリントなどの副教材、辞書
部活動の道具や、お弁当、水筒…合わせて10kg近い荷物を毎日持ち運んでいる子どももいるそうです。
自分の中学生のときを考えても、そうだったよなぁと。
「置き勉」(勉強道具を置いて帰ること)は禁止されていて、毎日家に持って帰りなさい、と言われていました。
当時から物の管理が苦手だったわたしは、必要なものまで持ちかえってしまって
次の日によく教科書やワークを忘れていたものでした。

この、かばんが重いという問題に対して
広島市の中学校の生徒さんが校内で取材をおこない
教職員や生徒に校則の見直し提言したとのこと。


School bag is very heavy!!(提供:牛田中) ※会員登録がなくてもご覧いただけます | ニュース | 動画 | 中国新聞アルファ


平たく言えば、自分たちの主張を理解してもらい、実行させてもらうには
「自分たち生徒を信頼してもらう」ことが大切だ、というような趣旨だったと思います。
その名も「生徒力」
そのために美化委員がロッカーの教科書の置き方をチェックしたり
教科ごとに教師が持ち帰っても良い教材を指定している…という事例が紹介されていました。

まあ、まあ。
私も自分が中学生だったらこうやって行動してると思います。
自分たちでできるから、先生認めて!って。

でもどうも、もぞもぞする。
おそらくこのもぞもぞの原因は2つ。


  1. 生徒同士で管理をおこなうことに対するフォロー
  1. 生徒への信頼

(この学校がどのように対処されているのかは明らかになっていないので、学校に対する批判ではないということだけはっきりさせておきますね)


まず、生徒同士の管理について。
これって結局は生徒同士の相互管理を促進してしまっていて、
生徒の中で「できる人 / できていない人」を切り分けて
できていない人がクラスの中で立場をなくしたり、生活しづらくなっているのでは、ということ。

物の管理については、私もどちらかというと未だに「できない人」で
自分でもどうしてなくしてしまうのか、どうして忘れてしまうのかわからないときがあります。
それだけではなくても、今や発達障害などいろんなニーズのある生徒さんがいることも
クラスの中であきらかになっているなかで

「どうしてこんなに整理できないの?」「できるようにみんなで考えよう!」

みたいな展開になってたら、ホント地獄だなと…
もうほっといてくれよ、と。

生徒さん同士が配慮しあえて丁寧にフォローしてあげられたいいだろうけど
そういうスキルを持っているとは限らないし
もはやこれは専門の先生の仕事になってくるのではないかな、と思います。
ものの整理や持ち物に対する判断等は人それぞれグラデーションがあるということを
どこまで生徒さん同士の管理に委ね、そしてある程度ほおっておける大枠をつくるのか。
「生徒力」を高めようとする自主性を保たせつつ、こうした細部のケアは結局先生の仕事になるので
管理してないようで管理してる、という難しい仕事をされてるなあと思いました。


2.生徒への信頼

これは、持ち帰ってよい道具を教師が指定するということについて。

…いや、好きにしてよくない?自分で決めたらいいじゃん!!!

と、いうのが私の正直な感想です。
そこまで管理が必要だろうか…?いや、きっと必要なんだよね。
教科ごとに指定するのは、また生徒の混乱を生むのではとも心配ですが。


「生徒力」という名目で生徒同士の相互管理を高めるやりきになるては
やや釈然としないのですが、正当なやり方で問題提起し教員とすり合わせを行ったという
行動力と論理的な思考力については、とっても評価できると思います。

それに対して、ではないけど
こちらも学校関連で気になるニュースだったので

www3.nhk.or.jp

運動会をつくる!という仕事をやっていた経緯もあって、お、楽しそう〜と思ったら
内容はむしろ真反対でした。

運動会を決まり切った「プログラム」として、いかに円滑に苦情が出ないように「管理」するか。
ひょ、ひょえーーーーー。ですよ。
まあ、運動会自体すること自体を「演技」って表現したりもしますし
いわゆる「学校の運動会」に自由闊達な雰囲気がないのは確かにそうなんだけど、そうなんだけど。。。

学校や運動会を取り巻く状況はめまぐるしく変化している
(昼食の問題、場所取り、多国籍の生徒、人数をさばく、判定etc.)
にもかかわらず、コンテンツがいつまでも変わらないから、こうしたちぐはぐな状況にならざるを得ない。
いっそのこと、やはり、競技からプログラムからつくりかえる必要があるんだなと思います。

例えば、極力言語での説明をしないノンバーバルな競技を増やすとか
ある程度文脈を省いて鑑賞できる競技、体験できる競技をつくるとか
ランチはケータリングにしましょうとか、小学校だけではなく地域の運動会にしましょうとか。
それならもう少しインクルーシブな競技をつくってみましょう、とか。

きっと小学校の運動会に求められていることは、地域社会との融和だったり
教育を理解してもらうこと、すなわち子どもたちが健康に明るく学校で過ごしていますという姿を
見せるのがなによりの目的なんじゃないかなと思います。
子どもたちにとってみれば、身体を使った表現や交流、競技を楽しむことがいちばん。
それを考えたらやはり変なところに荷重がかかってきていて、足し算しまくりのいびつなかたちになっている。
「こうします!」と一方的に学校や教育委員会が管理しアナウンスするのではなくて
もう少し状況をメタ的に捉えて引き算していくこと、保護者や地域住民を信頼し任せてみるということが
こうした問題の一番の落とし所であり、かつ、とても手間のかかる難しいことなのですが。

共同体をむすびつけるストーリーとしての運動会を、ともにつくれないかなあと思うわけです。



近所の小学校では春に運動会をおこなうらしく、みなさん練習を頑張っていました。
見に行ってもいいなら、行ってみたいな。

引っ越し記 1

4月になって、岡山に越してきた。

大都会岡山とは (ダイトカイオカヤマとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

大都会…か、はわからないが、少なくとも買い物には不便しないし
カルチャーゾーンといって美術館や博物館が密集した地域もあり
そこそこ文化的な活動もありそうです。

そして、新しい生活もはじまった。
ここ2週間の気づきを記しておきます。(岡山関係ないことも書きます)

岡山について

基本的に香川県とセット

テレビも新聞もラジオも、マスコミ系のことはとりあえず香川とセット
岡山独自の情報ってあまりなくて、ちょいちょい香川混ざってくる。
(とはいえ、テレビはあまり見ていない)

ケーキ屋さんが多い

住んでる地域柄かもしれないが、やたらとケーキ屋さんが多い
しかも、どこもそこそこ人がいる。平日だというのに。
フルーツの名産地だから…?

気になって消費量を調べてみたところ、平成28年は全国33位。大したことはなかった…。
しかし、こちらのランキングではパン消費量が全国2位
これは後述するキムラヤの影響ではなかろうかと睨んでいる。

キムラヤ

岡山が誇るパン屋(たぶん)
越してからやっと、キムラヤのパンを食べることができました。

キムラヤといえば、バナナクリームロール
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これがおいしい、異様においしい。
中のバナナクリームが、高校のときによく食べていた「ジャリパン」の食感に似ていて
とってもノスタルジー。バナナの風味も人工っぽくていい。
そして、意外と重くない!
コッペパンぐらいウェイトがあるパンかと思いきや
(いい意味で)スカスカでふわふわの記事なので、とても食べ口が軽い。

アメトーーク!の「岡山盛り上げよう芸人」で次長課長の井上さんが
「つぶして食べると美味しい」と発言していたのも、実践して納得。

なぜなら

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ちぎった状態で申し訳ない

このようにバナナクリームは全体に塗り込まれているのではなく
棒状になってドンっと鎮座しているため
これをつぶすことで満遍なくパン全体に行き渡らせることができ
クリームをより楽しむことができるというわけです。

ほかにもキムラヤは多数商品があり、食パンだけでも16種類。
カテゴリー一覧|商品紹介|岡山木村屋

我が家は、一番安いからという理由で「ホワイトブレッド」というのを食べたのだが
これも異様においしい。
バナナクリームロールのパン同様、軽くて食べやすい。こちらもおすすめです。

おすすめスポット

駅近くで暇をつぶすのに最適。改札すぐだし、意外と人が少ない。
コンセントもあるのでゆっくり休めます。

  • 産直市場

市内にいくつかあるのですが、とにかく野菜が安い、量が多い!
地元産の質のいい牛肉も<スーパーよりは>手頃な値段で買えるようです。
蒜山高原の乳製品もたまに販売しているのが嬉しい。
勝負は午前中。

イオンモール、さんすて(岡山駅)、ロッツの3店舗すべて巡りましたが
ロッツがいちばん雰囲気がよく、品揃えも豊富でした。
有楽町みたいに本が置いてあったり、小さいけどカフェもあって
インテリアのコーナーも充実。同じ建物にニトリもあるから、ライフスタイル提案が強いのかも。
ゆっくり買い物したい人や新生活はじめる人はここがおすすめ。

おいしいお店にも連れていってもらいましたが、これはまたまとめて。


買ってよかったもの

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Google Home mini

我が家では「ぐーちゃん」と呼んで可愛がっています。
(OK、ぐーちゃん が実装できないか思案中)
radiko対応しているのが地味によくて、最近の情報収集はもっぱら耳から。
欲を言えばプレミアムに対応してほしい、ホントに。
あとは、料理をしているときも便利で
「OK、グーグル。タイマー5分かけて」とお願いすると、タイマーをセットしてくれる。
手を離せない作業のときもあるので、これはありがたい。
ゆでたまごの作り方教えて」とお願いしたときも、親切にゆで時間の目安まで教えてくれた。
「ここから図書館までの行き方を教えて」と尋ねると、最寄りの公共交通機関の場所や時間まで教えてくれる!
できる子ですほんとに、よしよし。
そのため、スマホに触らなくなったというのは思わぬメリットかもしれません。
タイマーだけかけるつもりが、ついSNSを見たり…ということはなくなりました。
拡張についてはIFTTTでLINE連携したのみで活用できていないので
もっと引き出したいなーと思います!(ChromeCastは買いました〜)

亀の子スポンジ

数日前にもツイートしましたが

ほんと、最高。
や、わたし家事のなかで食器洗いと洗濯物たたみ(収納)が嫌いで仕方なくて
引っ越したらまず最初に買おうとしていた家電は食洗機でした。
水は無駄遣いしてる気がするし、手は冷たいし荒れるし、漱げてる気がしないし…とか
とにかくネガティブなイメージしかなかった食器洗い。

何気なく目にした亀の子スポンジをお迎えして洗ってみると驚き。

「え、こんなに泡立つ?」「キュッキュ洗える!?」「なんかピカピカなってる〜!」

食器を洗う→スポンジで磨くことが快感→すすいだあとの食器の輝き
このコンボでいまは食器洗いが楽しくて仕方ないです。
これはしばらく食洗機なしでいけそうです。いえーーい。

引っ越しなどなどで生活が変わった友達にはぜひこれを贈りたい!

amadanaのトースター

朝ごはんは和食派なのですが、2週間するとパンも恋しくなりまして。
オーブントースターを購入しました。

量販店に行くといつも思うのですが、ほんとに家電のUIってかわいくない。
ボタン多っ、、文字多い、、とひいてしまうなかで
amadanaのトースターのつまみと数字だけというシンプルさに惹かれて購入。
お値段もお手頃でした。(ポイントもたくさんついた)

うちはオーブンレンジが別にあるので、この子にはトースターとして活躍してほしくて
そのため温度調節機能も不要、ということですっきりしていて、とてもいいです。

オーブントースター (860W)amadana TAG label AT-TS11-W ホワイト



ほかにも、これ買ってみい!これ行ってみて!ということがありましたら
ぜひぜひおしらせください。

2017年2月 熊本旅覚え書き

熊本とわたし

熊本は大学3年生のとき、学科の研修で熊本城に行ったきりである。熊本城を去るときにすぐ近くに百貨店やショッピングビルがあって、そのギャップに驚いたことを覚えている。当時はお城の地下通路が工事中だったような気がする。工事が終わったら見に行きたい、と思っていたら4月の地震である。今回見た熊本城は城壁が防音シートでものものしく覆われ、屋根瓦はもろもろとはがれていた。報道で目にしたそれも酷くショッキングだったが、実物を見ると言葉にならない。街の真ん中に堂々とそびえ立って移ろいを見守っていたランドマークが崩れてしまった。地元の方の心情は想像するに余りある。だけど、必ず修復される。今日よりも明日、今年よりも来年。かならず良くなる。そうしたらあのかっこいい石垣をもう一度見に行こう。

新幹線つばめ

博多駅を出たのは夕刻。初めて新幹線「つばめ」に乗った。座席も広くて、デッキには絵も飾ってあってなんだか素敵だ。ちょうど西日が差し込んできてまぶしかったのでブラインドを下げると、なんどこれがカーテンではなくすだれだった。容赦なく西日は射してきた。

熊本市現代美術館

すっかり日が落ちた頃に熊本市現代美術館に着いた。外観をまったく調べずに来たので、最初は迷った。ショッピングビルの立ち並ぶ間にあっておよそミュージアム然としない。ギャラリーのような雰囲気、かと思いきや正面玄関まで来てみると「市民センター」のような雰囲気を醸し出している。
いわゆるホワイトキューブのような威圧感はなく、深い木目調の、昔の学校のような静かで落ち着いた空間である。ちょうど今日までだった企画展は撤収が始まっていて、他のテーマ展を見た。高嶺格の「God Bless in America」というビデオ作品がとても気に入って、ループが終わってもしばらくぼおっと眺めていた。延々と破壊と再生が繰り返される中央のオブジェは、夏に見たブルース・ビックフォードのアニメーションを思い起こさせた。はっきり好き嫌い分かれる描写に間違いはないのだが、私はとても好きだった。と、いうか慣れてしまったのだろうかと思う。動き続けている、変化し続けている、その止まらなくハイな描写に釘付けになってしまっていた。また、ライブラリーが充実していて、普段あまりお目にかかることのない海外のアートフェアやアート事情に関する本があるのは嬉しかった。ロシア語なんて、韓国語なんて読めないのに、パラパラとめくるだけで楽しかった。1日中居ても足りないくらい。美術、工芸、デザインや食文化、教育まで多彩なジャンルの本が無料で心ゆくまで読めるなんて、熊本の人はうらやましいな。そういえば、日曜日の夕刻にも関わらず市民の人が結構たくさんいて、どうやらボランティアの方のピアノコンサートを楽しみに来ていたらしい。(生憎中止のアナウンスがあったが)キッズコーナーもあって、木のおもちゃや絵本、広々と遊べるスペースが整備されていて、遊んでいる親子連れもいた。市民センターの一角にギャラリーが備え付けられているような、なんとも開放的なつくりだなあと改めて感じた。

熊本の夜

大学時代の友人が「馬刺しと焼酎があれば最高」と言った私のオーダーに応えてくれて、現代美術館からほど近いお店に連れて行ってくれた。数年ぶりの再会に話が弾んで、遠慮して一切れ残していた馬刺しが少しかぴかぴになってしまった。ごめんなさい。からしれんこんを人生で初めて食べたのだけれど、おいしさに驚いた。まあ驚いた。熊本のスーパーでからしれんこんは、かまぼこやちくわのコーナーに並んでいるらしく、さつまあげ・からしれんこんと焼酎というのがナイスな組み合わせらしい。ああ、想像しただけでも美味しい。たまらない!そして、からしれんこんの作り方があまりに豪快なことを語ってくれた。適当な長さに切ったれんこんの穴に、素手で(!)とにかくからしを詰め込みまくるらしい。とにかく詰める、詰める。幼い頃は、手がどれだけひりひりすることかと、とても心配だったらしい。熊本市民の彼女が語るに、熊本は何かと大雑把で豪快、ということらしかった。からしれんこんがその代表。
それから、地下にある昔からあるような喫茶店にも案内してくれた。若い人が多くて、なんだかいいなと思った。お茶を一杯、のつもりだったのだが案外時間をくってしまい、なんとお互い終電を逃してしまった。

水前寺公園

ホテルの朝食を食べ、さて今日は何をしようと考えた。熊本駅を出る新幹線は14:30。それまでに、昨夜友人に教えてもらったふたつのミッションをクリアしないといけない。「タイピーエン」を食べ「橙書店」に行く。ところが橙書店は11:30からの営業で、かなり時間がある。こういうときはたいていその街の図書館を見に行って時間をつぶしたりするのだけど、あいにく市立図書館は休館。調べてみると、県立図書館と文学館が水前寺公園の近くにあるらしかったので、向かってみることにした。そういえば以前に水前寺公園を誰かにすすめられた気がしていたし、ちょうどいいこの機会にと、バスに飛び乗った。
バス停から案内に沿って3分ほど歩くと、水前寺公園の入り口がある。小さなお土産屋さん通りを抜けようとしたそのとき、着物屋さんの中に街中で3秒に1回は視界に入ってきた彼がいる。くまモンだ。くまモンの本物だ。おそらくテレビの取材と思われるくまモンを、私は目撃した。朝10:30、誰もいないおみやげ屋さん通りで、ひとり、くまモンを見かけた優越感に浸る。水前寺公園の受付門をくぐると、これまで街中にいたとは思えない、広大で、澄み渡った風景が目の前にひろがった。ここからの1時間はほんとうに、ほんとうに、いま思えば、これまで降り積もったどうでもいいことしんどいことを一気に押し流してしまったような、そんなやすらぎと清々しさをからだいっぱいに受けていた。梅も美しかった。池にたくさんいた合鴨も本当にかわいらしかったし、私は鴨があんなに飛ぶなんて、知らなかった。お散歩中の赤ちゃんとお母さんがいて、ああ、この子にとっては、小さい頃からこの風景が当たり前になるのだな、とうらやましくなった。贅沢だなあ。と、ちょうど池の周りを一周したところで「くまモンだ!」叫び声を耳にする。先ほどまで着物屋さんの中にいたくまモンが、公園の中にやってきたのだ。あっという間に観光客に取り囲まれ、写真を撮ろうにも自撮りでフレームインしようとする人々に阻まれて、うまく撮れなかった。少し残念。そして、いきなり団子を食べなかったのは、やはりもっと残念であった。

2016年の手帳はEDITとほぼ日WEEKSにするよ

1ヶ月にわたり頭を悩ませてきた、来年の手帳問題についに決着がつきました。

まず、これまでの手帳遍歴をふりかえります。

2014年の手帳

- ほぼ日手帳カズン(ピンク)

修士2年だったため、主に研究ノートとして利用していました。
ほぼ日サイトで、大学院生ばーばらさんの使い方を見たことがきっかけで「わたしもこんなふうにカズンを使い倒して、いい研究がしたい!」と意気込んでいました。が、その野望はあっけなく崩れ落ちました。

ピンクにしたのは、いちばん自分らしくない色で、でも華やかな色だからだったと記憶しています。
本当はジッパーズも使ってみたかったのですが、Loft店頭で見たときに「でかっ…」とひいてしまいました。
さらに、研究ノートということで、家と学校との間で持ち歩くのが結構しんどかったです。

でも「A5版」の度量のひろさにすっかり惚れ込み、大きいものはいいものだと実感しました。

2015年の手帳

- ほぼ日手帳カズン(オレンジ)

社会人1年目、仕事用に使っています。
毎日覚えること、考えることもたくさんある仕事だなあ考えたときに
やはり1ページの面積が大きいカズンを選択したのでした。
おかげで、日々のTodoやお客さんとの打ち合わせ内容、イベントや制作のアイデアなど
ごった煮の楽しいノートになっています。
あまり自分の内面のつぶやきは書いていないのですが、ページをめくると思い出すことがたくさんあります。
(ちなみに、いちばん多忙だった時期は白紙で埋め尽くされています)

手帳の置き場所ですが、前年の反省を活かして会社置きにしています。

困っているところは、やはり重いところ。
残念ながら出張にはとても連れていけません。

また、週間がまったくと言っていいほど活用できていません…
というのも、主なスケジュール管理はGoogleカレンダーで共有していて
1日のうちの細かい予定をわざわざ週間に写すのが手間なんですね。
変更だってままあるし。

というわけで、週間はほとんど白紙です。

- ほぼ日手帳WEEKS(ホワイト)

仕事とプライベートを分けたい、ということで2冊持ちをはじめました。
はじめてのWEEKSです。
ちっちゃいかな?と思ってたけど、ぎゅっと書けて密度が濃くなるところが気に入っています。
(と、いいつつわりとすかすかですが)
主に家計簿がわり、体調管理などの日々の簡単なメモをしています。

だいたい1週間に1度ほど、食材のまとめ買いをするので買ってきたもので何が作れるかな〜と考えたり
見た映画や本の感想、チケットを貼るなど、ライフログといった感じです。

さて、2016年はどうしよう?

10ヶ月弱、2冊の手帳を使って感じたことを挙げてみたいと思います。

- 2冊づかいに無理はないか?

まったく無理はありません。
びっっしり書き込んで、使い倒しているわけではないのですが…
仕事とプライベート、それぞれの手帳がわたしの思考を助けてくれています。

そのため、2冊づかいは続行します。

- プライベートはほぼ日WEEKSホワイトに

プライベートの手帳は、WEEKSのホワイトを続投します。
机にぽんと置いていても邪魔にならないサイズ感と、ふにゃっとした感じに愛着が湧いています。
なんなら、毎年ホワイトを買い続けても良いなと思っています。
それにしても、どうして相変わらずWEEKSは硬い表紙のものが多いのでしょう。ううむ。

- 仕事用の手帳を見直したい

わたしが仕事用の手帳に求めることは、次のことです。

・カバーは明るく、本体の中身はシンプルなものに
・できるだけひろく1日1ページがほしい
・週間は不要
・あまり重くないもの
・方眼が好き
・プロジェクト管理がしたい

週間が不要、重いものは困るということでカズンは外れます。
でも1日1ページは欲しいので、オリジナルを検討しました。

ところが、びっくりするぐらい2016年のオリジナルカバーにときめかないのです…
どれもピンとこない。
お財布の事情を鑑みなければこぎん刺しはとても魅力的だし、coohenもかわいいと思うのですが。www.1101.com

さらに、前年12月の1日1/2ページがなくなって、月初めに横罫のページが挿入されるということを知り…
「横罫があるなら、ほぼ日手帳の意味がないのでは?」
と思い至り、おもいきって別の手帳を探していました。

- 仕事用はEDITにしたい

そんなときに、友人が「何年も使っている」と教えてくれたのがEDITでした。www.edit-marks.jp

手帳好きなので、EDITの存在は以前から知っていましたが、中紙のトモエリバー・カバーのかわいさ・方眼があるという点でほぼ日手帳に勝るものはない!と思っていたのです。

友人が使っているEDITを見せてもらったところ、次のところにひかれました。
・表紙の手触りのよさ
・手に吸い付くような中紙の触り心地
・オリジナル以上カズン未満のちょうどいい大きさ

方眼ではないというのはかなり大きなハンデなのですが、まあドットだし…ぎりぎり大丈夫そう。
このカバーがいい!という熱意もないのに、高級なほぼ日手帳を買うよりは大きさと手触りの気持ちよい、EDITを使ってみようと思っています。

なにより、EDITは近くの文具店で手に取ってみることができるのです。
LOFTは隣県まで行かないとありません)

カバーもほぼ日に匹敵する、それ以上にたくさんの種類と幅広い価格帯から選ぶことができるようになっていて選ぶたのしみがありますね。

ほぼ日のジッパーズのようなカバーも出ているのですが、お値段4,000円ちょっと。これまでほぼ日を使っていたわたしからすれば、とってもお手頃。

2016年モデルの「フィンレンソン」のデザインがかわいいな〜と思っています。(高いけど)www.online-marks.com

お店に行くのが楽しみ。



ちなみに
・プロジェクト管理がしたい については
いくつものプロジェクトが並行してすすむので、進行具合を一覧で見られたらなという気持ちがあったためです。

yPadでガントチャートを組んでみることも考えましたがさすがに3冊も手帳は使えないな…と思いました。www.lifehacker.jp

いまは、EDITの友人に教えてもらったアプリのWunderlistを使っています。結構便利です。


購入しましたら、また報告します。

【お知らせ】macでゆるTED 2014

イベントの告知ですー!
今年もやらせていただくことになりました。

macでゆるTED 2014


本年度YCAMを卒業するサポスタメンバーが、アートに関係あることないこと、自分の好きな分野について語ります!
おいしいごはんを囲みながら、わいわいと楽しい会にしたいと思っています。
どなたでも、ぜひお気軽にお越しください。

日時
2月19日 
16:30〜「さらば方舟」上映
19:00〜 発表(2時間程度予定)
〜24:00

場所 
mac (前町アートセンター)地図
ブログ

発表者 
○とよたさん
○ふじわらさん
寺山修司監督映画における脱却への試み」
「家」の崩壊と「個人」のアイデンティティの獲得という視点における寺山監督長編映画の分析と、1960年〜1984年の映画(ATG映画等)が扱い続けた「家」問題と「形式」からの脱却について。

○たかいらさん
「物理学において私が理解していることについて」
物理の世界は私のような凡人にとってとてつもなく広くて険しい。その中で私が理解できているほんの一握りの話、磁性だとかスピンの話題を中心に、物理の理論をやっていて面白かったこと等をお伝え出来ればと考えています。

参加費
一品料理+500円、持ち込みなしの方は1000円
発表を聞くだけの方は無料です


macに来たことのある人もない人もどうぞ気軽においでください!

冬休み

約1年ぶりのエントリです。筆無精すぎるでしょう。
メモ程度でもいいから書き続けることが大事だなと思っているところです。
どんなにあほらしくても、ばからしくても、書く!

最近の関心について整理

・幼児教育
2013年後期から幼児教育の授業をとっています。
きっかけは、前期に受けた授業のなかで幼児教育についての講義があって、幼児教育が「遊びを通じての指導」を行っていること、「環境を通じて行う教育」であるという考え方に興味を持ったことがひとつ。
そのことがYCAMで行われていたコロガルパビリオンでの仕事とどうつながってくるかな、と思ったことがひとつ。そういうわけで、子どもの遊びにまつわるいろいろについて勉強しています。
授業を受けているのがわたしひとりなもので、毎回文献講読をしてレジュメ作って発表…というのはかなりしんどいけど、毎週新しい発見があってすごくおもしろいです。
ちなみに、読んでいるのはこれです。

子ども学のはじまり

子ども学のはじまり

(単行本はかなりプレミアなご様子)

いま思っているのは、幼児について学ぶっていうのは、人間そのものについて学ぶっていうことなんだなあと、ざっくり。
相手のものの見方と、自分のものの見方があるということがまず前提。
その自分のものの見方から、どれだけ相手を「志向」していけるか。相手を「感じる」ことができるか。
相手を求めたいという欲求こそコミュニケーションの根幹だという持論のもと、いろんなことを考えたり書いたりしている最中に
まさかまったく別分野でこういう思想に出会うと思わなかったなと、結構びびびときてます。
あとは、あそびの中で子どもたちが発達していくっていうのがすごくおもしろくて。
興味関心に応じて柔軟に環境を構成して、活動に夢中になっていくうちにたくさんのことを学ぶ…ってすごく理想的。そして、それを見守る大人の存在。
ワークショップとか、授業には明確なねらいがあって、そこにむかってどうアプローチしていくか、指導者目線から言えば、どうレールに乗っけていくかという思想だからね(おおざっぱに言えば)。真逆なんです。
この本についてはまたいずれ詳しく。

・料理
おいしいものを食べてほしい!
ひとり暮らししてたときからそうなんだけど、副菜が難しいです。
主菜ってお肉どーん!お魚どーん!で済む感じがあるけど
副菜はそれら主菜との兼ね合いもあるし、主菜以上に食材の組み合わせが大事になっている気がする。
味のまとめかたも。
サラダの本を買おうかな〜とも考え中。
それとタイ料理。カレー。

こまったさんのカレーライス (おはなしりょうりきょうしつ (2))

こまったさんのカレーライス (おはなしりょうりきょうしつ (2))

10分で本格タイごはん

10分で本格タイごはん


・メディア
自分が参加させてもらっている、ライブラリーラジオコミッティも「山口から発信する新しい市民メディア」と銘打っているし
メディアアートの創作、展示を行っているYCAMで仕事をさせてもらっているわけだし(10thでLIFE by MEDIAという企画があったし、コロパビも「メディア的な要素」が存在するあそび場なわけで)
そして最近おもしろいなと思った四街道こども記者クラブも「こどもたちがつくるまちのメディア」…
もうメディアメディアてなんやねん。いまいちよくわかりません。
ざっくりと本読んで勉強したいです。どのあたりを読めばよいのだろう。
ご指南いただきたいです。

・子どもにかかわる
主に仕事のはなし
保育園/小学校/中学校/高等学校/高等専門学校/児童館/科学館、美術館…など
関わる場所はほんとうにたくさん考えられて、いったいどうしたいのか自分でもわからない。
場所じゃなくて、自分の心持ち次第でどうにでもなるのかもしれないけどね。
そろそろ決めないといけないのになー
このへんも別にエントリ書いて、考えを洗っていきます。

あと
・コロパビ総括(個人的に)
する。これ年内〆切。
修論がもちろん最優先事項ではありますが、いろいろと楽しくやっていきたいと思います。

「プロジェクトFUKUSHIMA!」~福島に行きたい。

ライフ&イートクラブさん主催の上映会にお邪魔してきました。
映画の内容もさることながら、多くの人と震災の話、映像の話…いろんなお話ができてとても貴重な経験になりました。
みなさま、ほんとうにお世話になりました。

そういうわけで、上映会から帰ってきたときに急いでツイートしたものを載っけてみます。勢いだけなので、とても読みづらいと思います。



@usaaaakoうさこ 11/24
まず映画の感想。藤井光さんの「プロジェクトFUKUSHIMA!」というドキュメンタリー映画を見てきました。 pj-fukushima.jp/jp/


何かを伝えたい、そういうふうな制作者の意図はまったく感じませんでした。一歩ひいた目線で作られたドキュメンタリー。淡々と映像が流れ、たまーに音楽がつく。それでも90分間食い入るようにスクリーンを見つめたのは、そこで行われることそのものがものすごいエネルギーを持っていたから。



ものすごいエネルギーの源はやっぱり、震災であり原発事故であり。そういうことを実際問題として引き受けながら生きている人たちをこういう形で見て、とてつもない距離を感じた。ほんとにここが日本なのか、同じ日本人なのか?



この感情は震災以来ずっと抱いていて、同じ日本に生きていながら呑気に生きている自分に対しての罪悪感という形で現れていた。だけど、この映画を見て感じた「日本なのか?」は少し違う。先の感情はおそらく「被災してかわいそう」という心理がはたらいていたと思う。今回はそうじゃない。



原発を作ったのが悪いとか、管理がどうこうとかいう議論はさておき、事故は起きてしまったのだ。その現実を生きている人がいて、それはもう必死で、必死に。そうして福島に生きる人たちは、十字架を背負い、ある種の連帯感を持っている。ちがう、確実に、この人たちはわたしと、違う世界に生きている。



差別とかそういうことではありません。ただ、そういうかたちで距離を感じてしまったということです。そこで、わたしは思ったのです。福島に行ってみたい、と。そこに生きる人たちがいったいどういう生活をしているのか、どんな思いでおられるのか。



見て聞いて体験して、深く刻みこまなければならない。切実にそう感じました。なぜ、という論理では説明できないけれど、これはきちんと見なければならないことだろうと強く思ったのです。


当たり前だけど、福島にはまだたくさんの人が暮らしていている。そのことすら、私たちは忘れそうになる。悲劇の地のように思えるかもしれないけど、そこには誰がいて、自分と同じようにごはんを食べてる。


いまもテレビでは福島やさまざまな被災地のことを伝えているけれど、それらのドキュメンタリーより数百倍わたしの心に刺さってきた、そんな映画でした。